臨時休園のお礼
皆様のおかげで3月6日無事娘の卒業式に参加することができました。
皆様のご理解ご協力ありがとうございます。
皆様からの「卒業おめでとうございます」との声掛けも大変うれしかったです。
こちらもありがとうございます。
今回無事高校生を卒業した娘は4歳の夏、2階の窓から転落するという大事故を乗り越えて今を生きています。
たくさんの人の支えによって今日の日を迎えることができました。
感謝も感慨もひとしおです。
あの事故の日、どうしていいのかわからずパニックになっている私の横で近所の方がさっと救急車を手配してくれました。
医療関係者の方で、症状を的確に伝えてくれて、救急車で運ばれた先は学校。
部活動を止め場所を開けてくださり降りてきたのはドクターヘリでした。
ドクターヘリの後を車で追い、追い付いた時にはある程度の検査を終えていて
いわれたセリフは
「うちの病院では助けられない」
でした。
幸いにもまだドクターヘリが飛べる時間帯。
※ドクターヘリは往復日没前でなければ飛べません
都内の病院なら助かる可能性があると再度ドクターヘリに搭乗する娘。
そして手術となるからサインができるようにと私もドクターヘリに同乗しました。
都内の大きな病院に運ばれ、半ば理解が追い付かないままたくさんの書類に
サインをしました。
車で追い付いてきた夫と聞いたセリフは
「今夜が山場です。覚悟してください」
でした。
祈る気持ちで朝を迎え、無事娘は山場を越えることができました。
けれど、その姿はパンパンにはれ上がっていて医師からは、首の骨まできずがいっているかもしれない。
脳が衝撃で腫れていてこれ以上腫れるなら頭蓋骨を切って腫れをにがしてあげなければいけないと話しがありました。
今薬で抑えている。
体温を34度にして、ぎりぎりまで切らない方向で様子を見るとおっしゃっていただき、だんだんと落ち着いていたのですが、最悪なことに、喘息持ちの娘の喘息発作がここでおきてしまいました。
けれどお医者さんや看護師さん、そして本人の生命力によってそれを乗り越え、命の危険を脱することができました。
そして、首の骨も無事で下半身不随の心配も消えたとおもっていました。
そして、娘が目をあけてくれました。
けれど、その目は何も見えていませんでした。
医師のライトの確認にも何の反応も示さず、唾液も嚥下できず赤子のように流れっぱなし。
もちろん起き上がることも歩くこともできませんでした。
でも看護師さんの「大丈夫」の言葉に希望を捨てずにいました。
そしてあきらめることなく、ただひたすらに頭部外傷の回復方法を調べまくりました。
緊急症状が落ち着いたからと最初にドクターヘリで見てもらった病院に転院。
この時、事故後はじめて娘が笑ったのを覚えています。
転院先で娘に付き添いながらも日々頭部外傷の回復について調べ、調べたことを入院中から娘におこなっていきました。
保育士として勉強してきたこともどんどん実践し、毎日の病院のリハビリと合わせてみるみる回復し、娘の目が見えるようになり、嚥下ができるようになりそして歩くことことができるようになりました。
12月には元の保育園に通園できるほど回復いたしました。
この時の得た知識は今もなお自分の中にあります。
そして当園で役に立てるものは実践しております。
たくさんの方に支えられ、奇跡のように生きてくれている娘。
そんな娘が無事高校を卒業し、4月からは社会人。
千葉を離れ遠くに行く娘に不安がないとは言えません。
けれど、自分で調べ、見学し、ここがいいと決めたそんな就職先。
親として応援したいと思います。
そんな娘の最後となるだろう式に参加をさせて頂き、ありがとうございました。
葉っぱの家保育園 園長 牧野クルミ
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